『納税者の権利救済制度確立のたたかい』(11) 著著、執筆TOP

税務当局が主張する総額主義

 再処分主義または真実発見主義

 不服審査における調査権と密接な関係があり、かつ、不服審査の中心的な課題は、・不服審査の対象は何か」という点です。この問題は、不服審査段階はもちろん、審査請求を経て裁判になっても絶えず議論になる問題で、不服審査段階と訴訟段階を通じて、通常、・争訟物」といわれています。私も、以下の叙述の中で「争訟物」という言葉を使います。

 この争訟物論は、昭和45(1970)年の国税通則法(以下「通則法・)改定前から、・争点主義か、総額主義か」という形で議論されてきたものです。

 総額主義といわれる考え方は、もともと税務当局によって主張されてきたもので、課税処分に対して、異議申し立て、審査請求あるいは訴訟が提起された場合の争訟物は、例えば、所得税でいえば、最終的には、その課税年分の課税所得がいくらであるのか、あるいは最終的な税額はいくらなのかということに尽きるというものです。そこに至る過程において、当初申告における課税総所得金額が200万円、更正処分で「売り上げ計上もれ100万円、課税総所得金額が300万円」とされ、これに対して異議申し立て、審査請求をした結果、・売り上げ計上もれ100万円は誤りであったが、必要経費の中にその年の必要経費として認められないものが別に100万円あったので、更正処分は結局は正当である」として原処分を維持することができるということになります。

 ですから、原処分の理由に拘束されずに異議申し立てや審査請求がされた場合、あるいはさらに訴訟が提起された場合においても、後から調査し直し(再調査あるいは見直し調査)、他に否認事項や申告もれがないのかを洗い直すことができることになります。このような考え方は、不服審査の手続上では「再処分主義」といわれ、その実体上からは「真実発見主義」と呼ばれています。こういう考え方が許されるとしたら、不服審査制度は、納税者の権利救済制度ではなく、行政処分の単なる延長であり、権利救済は副次的作用にすぎないことになります。

 不服審査の実体を右のように真実発見主義ととらえる税務当局の考え方から、不服審査手続きにおいて各個別税法の質問検査権を行使して、・本当の所得金額はいくらか」・ほかに申告もれはないか」を「見直す」という運用の仕方が、当然の帰結として導き出されることになります。

 KJDBNAGGRGREQ権利救済制度の趣旨に沿う争点主義 これに対して、争点主義の考え方はどうでしょうか。争点主義による権利救済制度の考え方によれば、不服審査や取り消し訴訟における争訟物は、処分の理由と一体となった原処分の適否であり、処分は、処分時までに収集された証拠資料によって適法であることが証明されない限り違法な処分として取り消されなければならず、後から集めた証拠資料によって処分の理由を補完したり、理由の差し替えは許されないという立場をとります。

 この考え方は、理念的には、既に40年余り前の最高裁の判決によって確定されているといえます。それは、昭和38(1963)年5月31日の最高裁第二小法廷判決です。この判決は、青色申告に対する更正処分についてのもので、通常、・鵜殿事件」として知られています。

 上告人は、小売店を営む鵜殿さんという人で、昭和31年分の事業所得を30万9422円として確定申告をしたところ、小石川税務署長は、事業所得の金額を44万4695円と更正し、その理由として、・売買差益率検討の結果、記帳額低調につき、調査差益率により基本金額修正、所得金額更正す」とだけ記載されていました。鵜殿さんは、異議申し立て、審査請求(いずれも棄却)を経て更正処分取り消しの訴えを提起しました。

 一審の東京地裁は、・単に更正した理由の結論を概括的に提示したにすぎず、納税者は更正処分の具体的根拠を知ることができない」ので「法定の要件を満たしていない」として、更正処分と審査決定の両処分を取り消しました。国側は東京高裁に控訴して争った結果、二審判決は、・その増差税額がどうして認定されたのかは、申告額と更正額を比較すれば納税者は容易に理解できると推測できるのであるから、更正処分の理由附記に不備があったとはいえない」旨の理由で一審判決を破棄、一審原告の請求を棄却しました。

 これを不服として上告した鵜殿さんに対する最高裁の判断が、前記昭和38年5月31日判決です。同判決は、次のように述べています。

 一般に、法が行政処分に理由を附記すべきものとしているのは、処分庁の判断の慎重・合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせて不服の申立に便宜を与える趣旨に出たものであるから、その記載を欠くにおいては処分自体の取消を免かれない。…(所得税法が規定する)附記すべきものとしている理由には、特に帳簿書類の記載以上に信憑力のある資料を摘示して処分の具体的根拠を明らかにすることを必要と解するのが相当である。…また、調査差益率なるものがいかにして算定され、それによることがどうして正当なのか、右の記載自体から納税者がこれを知るに由ないものであるから、…理由附記の要件を満たしているものとは認め得ない。

 最高裁の右の判決は、青色申告に対する更正処分の理由附記についてのもので、そのまま白色申告に対する更正処分に当てはまるというわけにはいきませんが、行政処分における理由附記の考え方について最高裁の判断を示したという点で画期的な意義を持つものといえます。

 青色申告に対する理由附記については、それまで十数年にわたって論争されてきました。税務当局は一貫して理由附記は訓示規定にすぎず、その欠落または不備は処分の効力に影響するものではないと主張してきましたが、この判決で、納税者にとって有利な方向で結着がつくことになりました。

 これは、45年改定通則法による異議決定や審査裁決における理由附記についても原理的に当てはまるものです。異議決定や裁決も行政処分であることに変わりはありませんから、最高裁が示した「処分庁の判断の慎重・合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせて不服の申立に便宜を与える趣旨」が生かされなければなりません。

 45年改定通則法は、異議決定者に記載すべき理由として、特に84条5項を設けて、・異議申立てについての決定で当該異議申立てに係る処分の全部又は一部を維持する場合における前項に規定する理由においては、その維持される処分を正当とする理由が明らかにされていなければならない」と規定しました。これは、行政不服審査法にもなかった詳細な規定で、前記最高裁判決の趣旨を生かした規定といえます。この規定によって、遅くとも異議決定までの段階で処分の詳細な理由が納税者に知らされることが予定されているといえます。

 この規定を受けて、改定通則法87条(審査請求書の記載事項等)第3項では、・(第1項第3号)に規定する理由においては、処分に係る通知書その他の書面により通知されている処分の理由に対する審査請求人の主張が明らかにされていなければならないものとする」と規定したわけです。

 ここでいう処分の通知書その他の書面によって通知されている理由とは、@青色申告に対する更正通知書に記載されているもの、A通則法89条(合意によるみなす審査請求)により異議申し立てを審査請求として取り扱うことについて両者が合意した場合の通知書に記載されている処分の理由、B審査請求中の事案について再更正、再々更正等が行なわれた場合に、異議申し立てを国税不服審判所に送付した旨の通知書に記載された処分の理由(90条1項、4項)、C異議申し立て後三カ月を経過しても異議決定がされない場合の異議決定を経ないで審査請求ができる旨の教示通知書に記載された処分の理由(101条)の四つを指しています。

 以上あげた四つの場合、いずれも原処分の理由であり、審査請求書に記載すべき理由はこれらの通知書に記載された処分の理由に対する審査請求人の主張ということになります。

 したがって、改定通則法によって、原処分の理由を中心にその後の争訟手続が展開されるべきことが、法律上も明確にされたことになります。このことは、改定通則法によれば、異議申し立て以降の審理手続きは、異議決定までの段階で確定されている原処分の理由を中心に争われなければならないことを意味します。国会の附帯決議が、・総額主義に偏することなく、争点主義の精神も生かし」と、わざわざ念を押しているのもそのことを指しているとみるべきです。

最高裁は判断を変更せよ

 異議申し立て、審査請求、訴訟の実態はどうかといえば、右のような法律の明確な規定があるにもかかわらず、依然として総額主義的な運用がされています。その原因は、税務訴訟について次のような最高裁の判例があるためです。

 ・…その処分が、その後の資料によって客観的に正当であれば右更正を違法とすることはできない。」(最高裁第二小法廷昭和36(1961)年12月1日)

 ・…更正処分の取消訴訟において、更正または審査決定では考慮されなかった事実を、処分を正当とする理由として訴訟の過程に至って主張することは可能である」(最高裁第三小法廷昭和42(1967年9月12日)

 ・…いわゆる白色申告に対する更正処分の取消訴訟において、右処分の正当性を維持する理由として、更正の段階において考慮されなかった事実を新たに主張することも許される」(最高裁第一小法廷昭和50(1975)年6月12日)

 最後の判決は、通則法改定後のものですが事件そのものは通則法改定前の更正処分を争ったものですから、改定通則法の前記不服審査に関する詳細な規定が設けられる前の事件についてのものですし、上告人が、改定通則法の規定やその意義について上告理由として主張していたのかどうかも不明です。しかし、昭和45年の改定通則法の制定に強い関心を持ち、それに間接的とはいえ深くかかわってきた者のひとりとして、この最高裁の判断はとうてい承服することはできません。それは、何よりも、鵜殿事件以来定着し、一般に承認されてきた青色申告に対する更正処分の理由附記について、最高裁自身が確立してきた行政処分の在り方を踏みはずした判断であるといわざるをえないからです。この最高裁の判断を変更させるためには、今後、まだまだ長期にわたるねばり強い納税者のたたかいが必要だと思いますが、どうしてもたたかいとらねばならないものです。

 白色申告に対する更正処分についての右の最高裁判決は、現在、税務当局が争訟手続の拠よりどころとしているものです。この考え方を卒直に表現したものとして、昭和45年改定通則法運用のテキストとして配布したと思われる『異議申立てと証拠判断』(法務省大臣官房訟務部第五課長広木喜重〔当時〕)と題するパンフレット(内部資料)があります。そこには、異議決定の理由附記について次のように記されています。

 ・異議の申立てとその決定は、前述したように、更正処分につづき、不服審査の第一段階に位置づけられ、このあと、不服審査手続を経て、訴訟手続へつながってゆくものであるから、原処分の見直し的なものとして、これを補完(補強)し、処分として自己完結的に、その後の批判に耐えうるものでなければならない。

 そうすると、異議担当者としては、課税官庁としては最終的な判断を、この異議決定書に示すこととなる。したがって、そこに書かれた理由はまた、課税官庁として、当該納税者に対して、納税義務を課しうる根拠を公けに明示するものであり、またその理由は、処分庁のやり方を批判する唯一の手がかりとなるものである。

 それゆえ、異議段階においては、前述した限られた時間内とはいえ、処分庁として、できる限りの証拠収集につとめ、かくて得られた資料を総合判断して、結論を下し、これを簡潔に記載すべきものと考える」(18〜19頁)

 右の引用で明らかなように、異議審理は、不服審査の第一段階であるといいながら、・見直し」調査によってできるだけ証拠収集をし、処分庁(異議審理庁ではなく)としての最終判断を下すものとしています。

 これは、明らかに不服審査制度の建前を逸脱した考え方ではありますが、先の最高裁の判決を背景とした主張ですから容易に変えようとはしないでしょう。しかし、われわれの主張は、憲法に保障されている納税者の諸権利に根拠をおくものですから、それが如何いかに困難であっても必ず勝利するものであることを強調しておきたいと思います。

(せきもと ひではる)

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