『納税者の権利救済制度確立のたたかい』(10) | ← | 著著、執筆TOP | → |
税務署長の二つの顔処分庁と異議審理庁前号で、昭和45年「改正」国税通則法における不服審査手続きの概要を紹介しましたが、今回は、不服審査と異議審理庁や国税不服審判所の審判官の調査権について検討しておきたいと思います。不服審査における調査権の問題は、不服審査制度の本質と深くかかわっているからです。 行政不服審査法27条から31条は、不服審査における審査庁の審理のための調査権について、参考人の陳述及び鑑定の要求(27条)、物件の提出要求(28条)、検証(29条)、審査請求人又は参加人の審尋(30条)、職員による審理手続(31条)などを規定し、これら審理手続規定を受けて、32条には、・前五条の規定は、審査庁である行政庁が他の法令に基づいて有する調査権の行使を妨げない」と規定しています。 昭和45年の通則法「改正」前には、税務上の不服審査についても、ほぼ全面的に行政不服審査法によっていましたから、国税当局は、この32条の規定を根拠に、異議申し立て、審査請求における調査について、所得税法234条、法人税法153条ないし156条など各個別税法の罰則つきの質問検査権の行使ができるという解釈をとってきました。 昭和45年「改正」通則法は、その80条(行政不服審査法との関係)1項で、審査法に定められた不服審査手続きとともに、・審査庁である行政庁が他の法令に基づいて有する調査権の行使を妨げない」という規定も適用除外としてしまいました。 この規定で適用除外となった審査法の審査請求や異議申し立てについての手続規定にかわって、・改正」通則法では第八章第一節に、・不服審査」の節が設けられ、異議申し立て、審査請求について75条から113条までに国税に関する法律に基づく処分に対する不服審査についての独自の規定が設けられました。 その第一款が、・総則」で、不服審査についての共通的な事項、国税不服審判所の設置、国税審判官の職責、資格等についての規定、行政不服審査法との関係などが規定されています。・改正」前の規定に変更が加えられた点としては、国税局長の処分、国税局職員の調査に基づいてされた処分についても、国税局長に対する異議申し立てが義務づけられたことがあげられます。 第二款は、・異議申し立て」についての規定です。この中で重要なのは、84条の異議決定についての手続規定です。その意味については後で述べます。 異議申し立ては原処分庁に対しておこないますが、処分をしたのが同じ税務署長であっても、処分をした税務署長は「処分庁」であり、異議申し立てを審理するのは「異議審理庁」であって、処分庁とは別の顔、つまり権利救済機関としての顔を持っており、同じ税務署長であってもまったく性格が違うということです。この点も、少し理論的な問題に立ち入ることになるので、後でみることにします。 第三款が「審査請求」についての規定で、行政段階における二審としての不服審査手続を規定しています。この中に、新設された国税審判官の調査権についての規定(97条1項)が設けられました。 また、審査請求書に記載すべき請求の理由については、・処分に係る通知書その他の書面により通知されている処分の理由に対する審査請求人の主張が明らかにされていなければならない」と規定され、原処分の理由を中心に審理がおこなわれるべきことが法律上で明らかにされたと解されます。 KJDBNAG異議審理庁の調査権の根拠規定は消えた 異議審査、審査請求の内容がどのように変わったかについて少し立ち入って検討することにします。 従来は、課税処分等についての不服審査手続きは原則として行政不服審査法の規定によっていたことは繰り返し述べてきたところです。その審査法32条に、・前五条の規定は、審査庁である行政庁が他の法令に基づいて有する調査権の行使を妨げない」という規定があって、従来、国税当局は、不服審査においても各個別税法の罰則につき質問検査権が行使できると主張してきました。 例えば、・改正」通則法を審議した際の、次のような国会答弁をみれば明らかです。 「審査請求にあたって、所得税法で規定している内容どおり、正しい税法の実現がはかられなければならないという意味で、その審査の事務に当たる職員というのも、所得税法の執行の一環をになっている職員として当該職員の中に含まれる」・そういう一般的な規定の上に乗って、その正しい法律の執行が権利救済と同時に、あわせてはかられなければならないというのが行政不服審査法の考え方で、その場合には、各個別の法令に基づく罰則というものの適用もあるというのが、行政不服審査法の基本的な考え方である」(第61回国会衆議院大蔵委員会議録第40号〔昭和44年6月24日〕10頁、荒井勇内閣法制局第三部長)。 ところが、・改正」通則法80条1項によって、各個別税法に定められている質問検査権の行使の根拠とされてきた審査法32条も適用除外となってしまいました。参議院大蔵委員会の審議では、この点が問題になりました。議事録でみておきます。 松井誠君…いままで異議申し立ての段階における調査権の根拠というものを行政不服審査法三二条に求めておったとすれば、この三二条は今度の国税通則法ではずされるわけですから、異議申し立ての調査権の根拠もなくなってくるというふうに考えなければならないと思いますがどうですか。 政府委員(吉国二郎君)…異議申し立ては、御承知のとおり、当該決定した行政庁が再調査を行なうものでございます。そういう意味では、たとえば所得税法でございますと、二三四条で、・国税庁、国税局又は税務署の当該職員は、所得税に関する調査について必要があるときは、次に掲げる者に質問し、又はその者の事業に関する帳簿書類その他の物件を検査することができる」という規定がそのまま適用になるわけでございます。 …そういう意味では、当該行政庁が行なう場合には、当然にそれぞれの基本法の調査権が適用になることは、それは行政不服審査法三二条を待たずに当然あったわけでございます。(第61回国会参議院大蔵委員会議録第30号、〔昭和44年7月15日〕5頁) 衆議院段階では、行政不服審査法32条によって、不服審査でも各個別税法の罰則つきの質問検査権も行使できたと主張していたものが、参議院段階で、審査法が適用除外になり、同法32条の適用も当然なくなり、質問検査権行使の根拠もなくなってしまうのではないかという追及に対して、政府は、突然解釈を変更して、・異議審理は、当初処分を行なった行政庁の行なう手続きであるから、もともと当初処分の見直しにすぎず、したがって課税処分のための税務調査の延長線上に位置づけて考えている」と主張し直したわけです。 この点について、参議院での審議が紛糾し、委員会は、政府に対して不服審査における調査権についての統一見解を出すよう求めました。 第61回国会は、期末の「大学臨時措置法」の強行採決という異常事態によって、それ以後の一切の審議が止まり、審議未了廃案となりましたが、政府は、第63国会に再上程して、参議院の審議が再開されました。そこで出された政府の統一見解の要点は次のようなものでした。「各税法の質問検査権は、…法規に適合した真実の所得を発見するために必要がある場合には常に行使するものであります。…不服申し立てがあった場合にもこの調査権によって真実を発見し、それによって正当な納税者の権利を救済することも当然含んでおるわけであります。 …行政不服審査法は…三二条におきまして「行政庁が他の法令に基づいて有する調査権の行使を妨げない・」と念のために規定をいたしたことから見ても、このことは明らかであります・」(第63回国会参議院大蔵委員会議録第9号〔昭和45年3月19日〕9頁) これは、答弁に窮した政府が、最終段階で出してきたものですが、この統一見解によっても、異議審理にあたって各個別税法の罰則つきの質問検査権を行使できるという解釈はでてきません。 KJDBNAG異議審理は「見直し」調査ではない ・改正」通則法97条1項に、国税不服審判所の担当審判官の審査請求人や原処分庁、関係人、参考人に対する質問検査権、帳簿書類その他の物件の提出要求と領置権、鑑定依頼等についての規定がありますが、異議審理庁の調査権については、なんの規定もありません。・改正」通則法84条の「異議決定の手続等」についての規定には、 @ 異議審理庁は、異議申立人に口頭で意見を述べる機会を与えなければならない。この場合、補佐人とともに出頭できる。 A @の手続きは異議審理庁の職員にさせることができる。 B 異議決定は、決定書謄本の送達によって行なう。 C 異議決定書には、決定の理由を附記しなければならない。 D 異議決定で、処分の全部又は一部を維持する場合には、維持する処分を正当とする理由を明らかにする。 などが規定されているだけです。 所得税法234条、法人税法153条以下などに規定されている質問検査権は、課税処分のための調査権であって、不服審査のための調査権ではありません。もし、課税処分のための罰則つきの質問検査権が、異議審理にも適用されると解したならば、違法・不当な課税処分を受けた納税者が、処分を不服として異議申し立てをしたら、・貴方の申告が正しいかどうか、改めて全面的に調査し直すから質問・検査に応じなさい。もし、不答弁、虚偽答弁、検査拒否などがあれば1年以下の懲役または20万円以下の罰金が科されます」ということになり、安心して異議申し立てをすることができません。 そもそも、異議申し立ては、処分庁に対して、処分にあたって集めた証拠資料によって適法かつ妥当であったかどうかを検討し直すための手続きとして位置づけられるものですから、納税者に対して改めて調査権を行使する必要はまったくありません。当初処分において収集された証拠資料だけではその処分の正当性が証明されないのであれば、処分は不適法として取り消しをすればよいだけのことです。もともと原処分庁である異議審理庁には、異議審理のための調査権は必要がないことになります。ですから、行政不服審査法32条によって認められていたといわれる「審査庁である行政庁が他の法令に基づいて有する調査権の行使を妨げない」という規定が適用除外となったとしても、異議審理にはまったく支障がないわけです。 異議申し立てがおこなわれたら、改めて調査し直し、原処分の足らないところを補うというような異議審理の在り方を許してはなりません。 この点について、国税通則法の権威ある解説書とされる『コンメンタール国税通則法』(三晃社、中川一郎、清永敬次編)には次のように述べられています。 「異議審理庁またはその職員」とは、・異議申立てがされている税務署長またはその税務署職員」という意味であり、・所得税法二三四条は、異議審理の段階における税務署の当該職員の質問検査権に関する規定ではない・」 「納税者の権利救済制度の適正な運営のためには、各税法の質問検査権の規定の適用でなく、流用を慎まなければならない・」(中川一郎、KA310頁〜316頁) なお、担当審判官の調査権に対する不答弁、虚偽答弁、検査拒否等については、3万円以下の罰金(126条)がありますが、審査請求人や原処分庁については罰則規定はなく、検査拒否等によって主張の基礎になる事実関係が明らかにならなかった場合は、審査請求人や原処分庁については、その主張を採用しないということで、審査手続きの実効性を担保する仕組みになっています。 以上の不服審査手続きの核心にあたる部分については、次号の「不服審査における審理の対象は何か」という問題などとともに、衆参両院の大蔵委員会の附帯決議の中に書き込まれています。 (せきもと ひではる) |
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