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公正証書遺言のすすめ - 相続人どうしの争いを未然に防ぐために

 税理士の仕事のなかで、ときどき出くわし、頭を悩まされる問題に相続があります。相続税の申告は当然、税理士の守備範囲ですが、相続をめぐる争いは弁護士の仕事だと考えています。ところが、実際には、相続税の申告までに相続人どうしの分割協議が成立していることが望ましいので、税理士が相続財産の分割協議書を作成することになります。

 相続人の間で争いがなく、分割を決めてから依頼される場合は全く問題がないのですが、・先生の方で分割案を作ってください」とか、・相続税が一番安くなるように分割してください」という注文をつけられる場合の方がむしろ多いといえます。もっと厄介なのは、相続人どうしで争いがあってなかなか話がまとまらない場合で、果ては、相続人がそれぞれ別の税理士や弁護士に依頼するような場合です。

 相続税の法定申告期限は通常、被相続人が亡くなった日の翌日から10カ月を経過した日(10カ月目の死亡した日)と決められていますから、それまでに分割協議ができていない場合でも、未分割のまま申告だけはしなければなりません。この場合は、後で分割協議が終わったところで修正申告や更正の請求をしなければならないという余計な手続きが必要になります。

 40年も税理士をやっていると、たくさんの難しい相続案件に遭遇します。そういうなかでも一番苦労するのは、やはり相続人どうしの争いです。兄弟姉妹が私の事務所に集まって、夜を徹して喧々囂々(けんけんごうごう)と争い、結局一晩では話し合いがつかず再三にわたり話し合いをおこなうという例もいくつかありました。

 そういう場合は、みなさんがだいたい自分の主張を出しつくしたところで、私の方からそれらの意見を勘案した素案を提示して、それをタタキ台にしてお互いに譲歩をしてもらい、話をまとめるよう心がけています。この場合には、絶対に特定の人の肩を持たないことが話をまとめるコツのようです。

 こういう経験を通じて、相続人どうしの無益な争いを未然に防止するためには、やはり生前に遺言書を作っておくことが一番よいと考えています。それも、自筆証書遺言ではなく、多少面倒でも公正証書遺言にしておくことが最良の方法だと思います。

 公正証書遺言を作成するには、公証人役場に、相続に利害関係のない2人の証人と共に出頭し、遺言の内容を伝え、これを公正証書にしてもらい、遺言者と証人2人が公証人の前で署名押おう印いんすることが必要です。

 遺言には、公正証書遺言のほかに、自筆証書遺言、秘密証書遺言がありますが、民法に厳格な規定があり(民法960条以下)、要式に合致しない遺言は無効ですから、やはり公正証書によることが一番確実です。

 納税者の権利との関係でいえば、相続人に配偶者がいる場合、配偶者の法定相続分(2分の1)または1億6000万円までは、配偶者の相続財産には課税されません。ただし、申告期限までに分割協議が成立しているか、または未分割で申告した場合でも法定申告期限から3年以内に分割協議が成立した場合でなければ適用を受けることができません。遺言によって、配偶者がそれ以上相続または遺贈を受ける場合についても適用されます。そのためにも、遺言は有効な手段です。

 「事件簿」という性格は持ちませんが、遺言を作成するうえで留意した方がよい点をいくつかあげておきます。

 第一に、遺言には必ず遺言執行者を指定しておくことです。指定した執行者が遺言者よりも先に死亡することも考えられますから、その場合はだれにするかも決めておいた方がよいでしょう。そうすれば、裁判所に執行者の選任を請求しなくてすみます。

 第二に、相続人が遺言者よりも先に死亡する場合も考えておく必要があります。例えば、遺言者が長男と同居していて、長男に子がおらず、老後は主として長男の妻の世話になっていたような場合、長男が遺言者より先に死亡すれば、一番世話になった長男の妻にはなにもいかなくなってしまうということになります。こういう場合、長男の妻と遺言者が養子縁組みすることも考えられますが、遺言で、長男に相続させるべき遺産を長男の妻に遺贈するのも一つの方法です。ただし、この場合、法定相続人でない人への遺贈ですから、相続税がかかる場合ですと、相続税額の20%の加算があります。

 第三に、配偶者に相続させる旨の遺言の場合でも、その配偶者が遺言者よりも先に死亡する場合がありますので、そのことも考慮してその場合はどういう相続をさせるのかをあらかじめ決めておくことが必要です。

 第四に、遺言を作る場合は、不動産なら登記簿謄本などに基づいて、相続財産を正確に公正証書の中に記載しておいてもらうことです。そうすれば、その公正証書遺言で相続の登記もできます。

 お客さんだった社長が、自分の死期を悟ったかのように12月に遺言公正証書を作成し、翌年4月に他界された例がありましたが、このときは、右のような点をすべて網羅していましたので、相続についての手続きはすべてスムーズに完了し、遺族の方からも感謝されました。

(せきもと ひではる)

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