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異議決定取り消し裁判勝利の意義 - 異議決定を争い原処分取り消しを勝ちとる

 決定等の課税処分を受けた場合、不服があれば、異議申し立てや審査請求で争うことになります。通常、異議申し立ては原処分庁である税務署長に対して、審査請求は、国税不服審判所長に対しておこなうことになっています。

 国税不服審判所は、1970(昭和45)年に国税通則法が「改正」されて設けられた審査請求だけを扱う、国税局や税務署から独立した機関です。その前は、各国税局長の下に協議団という組織が設けられて、これが審査請求の審理に当たっていましたが、協議団は、課税部門である国税局長の監督下にあるので、「同じ穴のムジナ」であるという批判があって、納税者の権利救済機関として発足したものです。

 しかし、国税庁長官の附属機関であるという決定的な欠陥を持ったものとして生まれ、審判官も、税務署長や副署長などと絶えず人事交流があり、「同じ穴のムジナ」という性格は変わっていません。こういう欠陥があったために、私たちは国税不服審判所の創設を含む国税通則法の「改正」には反対しました。東京・目白の全商連会館には、「国税不服審判所創設反対」の大看板が掲げられていました。当時を知る人は、もう少なくなっているかもしれませんが。

 そんなころ、私は長野民商から不服審査について一つの相談を持ち込まれました。長野民商の会長もされた小林さんという建設業関係の方が税務調査を受け、3年間さかのぼって更正処分を受け、早速、異議申し立てをしたところ、・帳簿書類の提示がないので取引先等について調査した収入金額を推計し、これに同業、同規模程度の平均的と認められる所得率を適用して所得金額を計算すると○○○万○○○円となり、結局原処分における所得金額を下ることにはなりません。よって原処分は相当であります」という理由を書いた異議申し立てを棄却する異議決定書が送られて来ました。現在でも、全国各地で違法・不当な更正処分がされ、異議申し立て、審査請求がたたかわれていますが、その異議決定書に書かれた理由は明らかに「理由」としての要件を備えていません。

 小林さんは、不当課税に対しては断固最後までたたかうという意思を表明しておられましたので、弁護団を含めて今後の対応を検討しました。担当弁護士は、長野合同法律事務所の富森啓児先生で税金裁判は初めてということでしたが、更正処分については直ちに審査請求をし、異議決定については「異議決定取消請求」の訴えを起こすことになりました。

 これは、税金裁判のなかでも特殊なものですから、読者の皆さんに理解していただくために説明を加えておきたいと思います。

 更正処分は、審査請求を経ないと訴えを起こすことはできません。異議決定や審査裁決については、不服申し立てはできませんが、審理手続きに不備があれば、異議決定や裁決を取り消して、審理をやり直してほしいという訴えを起こすことが認められています(行政事件訴訟法3条3項)。これを「裁決の取消しの訴え」といいますが、異議決定が判決で取り消されたとしても、更正処分には何の影響もありません。

 それでは、何のためにこのような訴えを規定しているのかというと、異議決定や裁決を受けた人が、あらためてきちんとした異議申し立てや審査請求についての審理をし直してもらえば、処分の取り消しをしてもらえるという利益があるからです。

 小林さんの事件では、異議決定の理由が、あまりにも抽象的で審理も十分尽くされていないので、この点をつこうということにしたわけです。

 青色申告者に対する更正処分、青色申告承認取り消しの処分、異議決定、裁決などに理由附記を義務づけているのは、行政庁から不利益な処分(課税処分はその典型です)を受けた場合は、その理由を十分知らされ、これに対して反論や弁明をする機会が与えられなければならないという、憲法13条や31条に定められている適正手続の要請があるからです。

 青色申告者に対する更正処分の理由附記については、かなり前から、最高裁の判決でこの趣旨が確認されていましたが、異議決定や審査裁決にまでその判例が適用されるのかどうかについては、当時まだ学説や判例が固まっているとはいえませんでした。これに挑戦したところに小林さんの裁判の意義がありました。

 私も、この裁判には積極的に参加させてもらい、法廷に証人として出廷し、適正手続の意義について詳しく証言し、裁判官もかなり強い関心を示し、証人である私に自ら質問もしてくれました。

 結果を報告しますと、小林さんの完全勝利で、異議決定は「理由附記の不備」で取り消しになりました。課税庁は当然、東京高裁に控訴しましたが、このころから理由附記の法理が各地の裁判所で認識されるようになって、この事件も高裁で控訴棄却、国側は上告を断念したために判決は確定しました。

 長野税務署は、判決に従って審理をし直す破目になり、結局、更正処分は全部取り消され、長野で初の税金裁判は勝利のうちに幕を閉じました。

(せきもと ひではる)

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