『納税者の権利事件簿』(9) 著著、執筆TOP

農地の譲渡所得の発生の時期

 WTO(世界貿易機関)や2国間交渉によって、農業分野の規制緩和が急速にすすんでいます。株式会社による農地取得なども問題になってきて、やがて世界的規模で農業も多国籍企業や投機集団による食糧をめぐる市場争奪戦や食糧危機、飢餓がわれわれの上に襲ってくる危険性も予測しておかなければならない事態になってくるのではないでしょうか。

 しかし、現行の農地法は、基本的には農家による農業生産の保護・確保が建前上は堅持され、農地の転用、売買などはすべて都道府県知事の許可がないかぎり効力が発生しないことになっています。

 ところが、税法上は、農地の売買契約締結の時に譲渡があったものとして申告した場合は、これを認めるという取り扱いをしています。

 この取り扱いの本来の意味は、事業用資産の買い換えの特例などを受ける場合、一率に、知事の許可があった時としたならば、納税者にとって不利益を与えることもあるので、納税者の選択によって契約の時に農地の譲渡があったものとして取り扱ってもよいというところにあり、その扱いが強制されるものでもありません。

 平成3、4(1991,92)年から平成7、8(19995,96)年にかけて、土地税制が毎年のように変更され、税率も、分離課税で30%(別に住民税9%)から20%(別に住民税6%)に下がるなど、バブル対策といいながら実際には「後追い」税制で、結局はほとんど効果のないものばかりでした。

 事件が起きたのは、分離課税の土地譲渡所得が30%から20%に下がった直後のことです。宅地造成をしようとしていた不動産業者が、税率の引き下げを見越して、農家と、税引き手取り額で坪当たり40万円という契約をしました。それは平成4年のことです。当時は、まだ税率30%(地方税と合わせて39%)の時代でしたが、政府税調などでは、バブル崩壊に伴う土地対策の一環として税率の引き下げ(所得税20%、住民税6%)を検討していました。この契約では、税率が下がればその分は不動産業者の利益になります。

 不動産業者であるC住宅建設は、平成4年当時の当初の契約書を破棄して、平成8年7月付で新しい契約書を作り直してAさんに交付し、この契約に基づいて平成8年分として申告してくれと言ってきました。

 事情の分からないAさんは、C社のいわれるままに平成8年分として農地の譲渡所得の申告をしました。この申告の調査に来た税務署員は、平成4年中に代金手取り額の決済がおこなわれているから、平成4年分として申告し直すようにと言って、平成8年分については職権で当初申告を取り消してきました。

 しかも、その後もAさんに対して早く申告を出さないと加算税や延滞税で大変なことになると脅しをかけるようにして平成4年分の期限後申告の提出を迫りました。

 この事件について、平成9年に依頼を受けた私は、C社の契約書の差し替えなどもあるので、増差税額のほか、加算税、延滞税などについてC社に対する損害賠償の請求も考えなければいけないと考えながらも、農地の売買であるから、まず知事の農地法5条申請(農地を転用して他人に売る場合)についての許可がいつ出ているのかを農業委員事務局に調査に出向きました。農地の転用申請は、毎年相当数出されており、発見には相当手間どりましたが、結局、平成8年5月17日付の許可であることが判明しました。

 農地転用の許可は強行規定ですからたとえ平成4年に契約を結んで、手取り代金の決済が済んでいるからといって、知事の許可なしに農地の所有権がC社に移転するはずはありませんし、税務署が所有権の移転がないのに譲渡所得があったとして平成4年に課税処分をすることも許されません。

 譲渡所得は、所有権が、法的にも実体的にも相手方に移転したときに初めて発生するのですから、それを無視して平成4年分の申告強要は明らかに違法なものです。

 しかも、この事件では、当初Aさんがおこなった正当な申告を、職権で減額更正してしまったのですから問題です。

 もし、あらためて期限後申告をして、無申告加算税や延滞税が取られるとしたら、当初おこなった正当な申告はどうなるのでしょう。

 結局、加算税、延滞税はいっさい課さないということで、Aさんはあらためて平成8年分の申告を済ませ、一件落着となりました

(せきもと ひではる)

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