『納税者の権利事件簿』(5) 著著、執筆TOP

離婚に伴う財産分与とみなし譲渡所得

 A子さんは、農業を営む父母の一人娘でした。そこで父母は、A子さんの結婚に先だって夫になるHと養子縁組をしたうえでA子さんと結婚させました。A子さんは、昭和46(1971)年に結婚、翌47年に長男Yが生まれました。

 その後、Hの浮気が始まり、Hは借金をして相手の女性に貢ぐようになりました。心配した両親は、Hが婿養子ということで肩身の狭い思いをしているための浮気と判断し、Hに田畑を持たせてやれば安心して農業に専念できるだろうと考え、Hに対して農地の生前一括贈与をするとともに、手持ちの現・預金などもHに管理させ、家計一切をHに任せることにしました。

 父母のこのような心遣いにもかかわらずHの素行は治まらず、農協や銀行からの借金を重ねて浮気相手の女性に貢ぐという状況が続きました。

 A子さんは、Hの行状に耐えきれず平成5(1993)年に協議離婚するとともに、父母もHとの養子関係を解消しました。もっともこの間に父Kは死亡していましたので、裁判上の手続きで離縁しました。

 離婚の条件は、Hが養父から贈与された農地をA子さんに財産分与として無償譲渡するかわりに、Hの負債はA子さんが負担するというもので、平成5年2月に登記も済ませました。登記原因は離婚に伴う財産分与です。

 ところがHは、無一物となってしまったので浮気相手の女性からも見放され、ショックのあまり、その2カ月後に自殺してしまいました。

 問題は、Hの財産分与から起こりました。まず第1は、生前一括贈与された農地について徹収猶予されていた贈与税が、利子税とともに徹収されることになったことです。これは、協議内容に沿ってA子さんが負担しました。

 第2は、財産分与に伴う譲渡所得に対する税金です。財産分与は、離婚に伴う慰謝料や婚姻中に夫婦で築いた財産の分割という性格のものですから、実質的には所有権の移転はないと考えられます。共有財産の分割に等しい財産分与に課税するというのは、本来おかしいのですが、現実には、分与をした者Hに対して時価で譲渡したものとして課税されるように取り扱われています(所得税法59条、所得税基本通達33・1の4)。

 財産分与によってHからA子さんに所有権が移った農地は、当時の時価で約1億円、分離課税の税率が所得税で30%、住民税で9%、合計で約4000万円の税負担がHに課されます。

 第3は、HからA子さんへの財産分与の額1億円は慰謝料として多すぎるから、その過大部分は非課税所得の損害賠償金にはあたらないからA子さんに贈与税の申告をするようにということです。

 私が相談を受けたのはこの時点でした。

 第1点については、税法上やむをえないものですし、既にA子さんが納付済みで特に問題はありません。

 第2点のみなし譲渡所得課税の問題では、本人が既に死亡し、A子さんは既に離婚しているので、法定相続人は長男のYになります。Yは、Hの死亡後に相続放棄の手続きをしていなかったので、Hにかかる租税債務が生じた場合は負担しなければなりません。しかし、資産も収入もないので、課税されれば直ちに債務超過になり、自己破産せざるを得ないことになります。

 第3の点については、A子さんが離婚協議に当たって引き受けた債務が、約5000万円あったので、実質的な慰謝料は約5000万円ほどですから、これは過大とはいえません。

 私は、税務署に対して、以上の事情を説明する申立書(事情説明書)を提出して、Hに対するみなし譲渡課税はいたずらに滞納税金の累増を招くだけで実益がないこと、もし課税された場合は直ちに自己破産の申し立てをする予定であること、財産分与は、A子さんが負担したHの債務と相殺すると約5000万円で、過大ではないので、贈与税の課税は不当であることなどを主張し、これを証する書面も提出しました。

 結局、数度にわたる税務署とのねばり強い折衝の結果、みなし譲渡に対する課税も、A子さんに対する贈与税の課税もおこなわないことで一件落着となりました。

 これは、非常に特異な事例ですが、いったん更正や決定が出されてしまうと、それを取り消させることは至難のわざです。税務署の言いなりにならず、ねばり強く折衝し、納税者としての権利を主張することの必要性を痛感させられた事件でした

(せきもと ひではる)

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