『納税者の権利事件簿』(6) | ← | 著著、執筆TOP | → |
保証債務履行のための資産の譲渡 - 疑わしきは納税者の利益に税法の規定があいまいで、合理的に複数の解釈が成り立つ場合、どの解釈をとるかによって税負担が変わってくる場合があります。 刑事裁判では「疑わしきは被告人の利益に」という原則がありますが、税法の解釈適用でも同じようなことがいえます。「納税者有利の原則」ともいわれています。 友人Mは会社代表でしたが、営業不振でついに不渡りを出し、会社を清算することになりました。一般債務は会社財産を換金して清算しましたが、銀行借り入れについてMは個人保証をし、自宅と貸家が建っている土地約200坪と建物を担保に入れていました。会社清算の後、銀行借り入れ約7000万円が残ってしまいました。銀行と話し合いの末に、担保を処分して返済することにしました。土地は一区画で自宅部分120坪、貸家部分80坪ほどでした。面積が大きく金額がはるので一括処分ができず、借家人に立ち退いてもらい建物を取り壊したうえで分割売却になりました。譲渡代金は坪50万円で約1億円、これで差し当たり銀行返済を済ませました。 保証債務を履行するために資産を譲渡した場合で債務者から取り立てができない場合は、その求償権不能額は譲渡所得の計算上なかったものとみなすことになっています(所得税法64条2項)。また、居住用資産を譲渡した場合には3000万円の特別控除があります(租税特別措置法35条)。 Mの場合、この二つの規定が適用されますが、適用の仕方によって税負担が変わってきます。 本件の場合、長期譲渡でしたから取得費は5%で500万円、譲渡費用は測量、分筆、立ち退き、取り壊しなどで500万円、譲渡益は9000万円になります。 保証債務履行の特例を、まず貸家部分に適用し、残りの保証債務を自宅部分に適用すると課税所得はなくなり、手元に約2500万円が残ります。 ところが、収入金額や取得費、譲渡費用を、全部利用区分(貸家部分と居住用部分)に按あん分して計算すると、貸家部分について700万円の課税所得が出て、これについて26%、182万円の税負担となります。私は、迷わず、まず貸家部分の譲渡所得を保証債務の履行に充当し、残りの保証債務を居住用部分の譲渡所得から控除して譲渡所得課税ゼロで申告しました。 ところが、この申告が調査で問題になりました。税務署の言い分は、全部を按分すべきだというのです。 しかし、所得税法64条にはこういう場合にどういう計算をすべきかの規定がありません。私は、「疑わしきは納税者の利益に」という原則があるのだから、修正には応じられないと断わりました。担当者は「そういう考え方もありますね」と言って、結局、申告は是認されました。 この話には後日譚(たん)があります。法定申告期限から3年が経過したので、この事例を税理士会の会報に事例研究として発表したのです。 そうするといち早く東京国税局の資産税課から私あてに電話がかかってきました。「『こういう考え方もある』という意見として書かれるのならよいが、『こういうことがあった』と書かれてはまずい」と言うのです。 私のこの論文を契機に通達が「改正」され、原則として按分計算、二以上の資産を譲渡して保証債務を履行した場合の充当の順序については納税者の申告を認める(所得税基本通達64・3の4)ということになりました。 つまり、それまでは、すべて按分計算を要求していたのではないかと思います。 私は、この通達も租税法律主義違反であると考えています。なぜなら、先の事例の後も法律はまったく変わっていないのに、二つの用途に使っていた一つの資産(例えば、居住用兼事務所用の建物とその土地など)を譲渡して保証債務の履行に充てた場合には、この通達によって納税者に不利であっても一律に按分計算を要求することになるからです。こういう実体的な問題は、すべからく法律できちんと定めるべきであって、通達の「改正」で済まそうということは許されません。 私たちは、ともすれば通達ではどうなっているのか、ということで通達に頼りがちになりますが、この問題でいえば、他の債務者のために資産を譲渡しなければならなくなったような気の毒な納税者を救済しようという趣旨で作られた法律を、どれだけ多く税金を取ろうかという立場から解釈したり運用すべきではないでしょう (せきもと ひではる) |
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