『納税者の権利事件簿』(1)   著著、執筆TOP

税務職員の質問検査権

 所得税法234条1項は、税務職員の質問検査権についておおむね次のように規定しています。

 「国税庁、国税局又は税務署の当該職員は、所得税に関する調査について必要があるときは、次に掲げる者に質問し、又はその者の事業に関する帳簿書類その他の物件を検査することができる(カッコ書き等省略、以下同じ)。

  1. 納税義務がある者、納税義務があると認められる者、納税申告書等を提出した者等
  2. 法定調書等の提出義務者
  3. 納税義務者等と取引きがある者」

 法人税法にもほぼ同じ趣旨の規定が設けられています。

 税務調査について話をすすめるにはこの質問検査権の意味・内容について解明しておくことがどうしても必要になりますので、初回は、従来の学習のおさらいのつもりでつきあってください。

 第1は、だれが調査を受ける義務のある者か、つまり受忍義務者かです。それは、法律に定められているように納税義務者本人であって、その家族や従業員ではないということです。法人税法では、・法人に質問し」その「その帳簿書類その他の物件を検査することができる」となっています。この場合も、法人の常設の執行機関である代表取締役とか業務執行社員などを指し、代表者の家族や従業員が受忍義務者になるわけではありません。

 第2は、質問や検査の対象は、所得税においては「事業に関する帳簿書類その他の物件」であり、法人の場合も、法人の帳簿書類その他の物件に限られ、事業主や会社代表であっても私物には及ばないし、ましてや家族や従業員の私物(預金通帳等を含め)には及ばないということです。

 第3は「調査について必要があるとき」にはじめて質問検査権の行使ができるのであり、最高裁も「調査の目的、調査すべき事項、申請、申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業の形態等諸般の具体的事情にかんがみ、客観的な必要性があると判断される場合」(昭和48年7月10日「広田事件」第三小法廷決定)と判示しています。

 第4は、各税法の質問検査権は、これを拒み、妨げまたは虚偽の答弁をしたときは、1年以下の懲役または20万円以下の罰金というかなり重い刑罰で間接的な強制を伴ってはいますが、あくまでも相手方の同意を得ておこなう任意調査であって、事業主または会社代表者等の同意を得ないでおこなった質問検査権の行使は違法だということです。

 質問検査権の行使が適法なものであれば、それを拒否したり妨害したり、あるいは嘘の答弁をすれば、刑罰の対象となります。従って、質問検査権の対象とされた納税義務者は、まずその調査が適法なものであるかどうかを判断できなければならないことになります。このことから、調査理由の開示が求められることになるわけです。

 これは、当然の論理ですが、税務署はもちろん、裁判所も、調査に先立って調査理由を告知する必要性をなかなか認めようとはしません。

 ある日、突然、税務署員が現われて「調査に来ました」と言われても、納税者は、いつでも税務署のために手を空けて待っているわけではありませんからそれに応じるわけにいきません。民商の会員さんならだれでも当然の知識として身につけておられますが、私は民商の会員さんでないお客様に対して「事前通知なしに税務調査に来た場合は、税理士に依頼しているので、改めて都合を打ち合わせて出直してください」と言って断ってもらうことにしています。

 脱税容疑で、裁判所の令状を持った査察調査の場合は別ですが、よくあるのが、国税局の資料調査課による自宅や事業所、取引先などに対するいっせい調査です。これは、はじめから違法調査であることを承知でやっている調査です。なぜなら、納税義務者は一人なのに、自宅や事業所をいっせいに調査しようとしても、本人がそれに対して承諾を与えたり、調査に立ち会うことができないからです。

 こういうわが国の遅れた税務行政を改善するためには、どうしてもアメリカ、カナダ、フランスなど、どの先進国にもある「納税者権利憲章」や「納税者権利宣言」などを実現することが必要になってきます。さきに、行政手続法が制定されたときも、大蔵省や国税庁の抵抗で、税務行政には原則的に適用されないことになってしまいました。これでは、わが国は、納税者権利後進国になってしまいます。

 こういう状況をなくすために、わが国でも「TCフォーラム」(納税者の権利憲章をつくる会)が中心となって立法化の運動をすすめています。この法案は国税通則法改正案にまとめられ、おととし来、議員立法として提案されています。一日も早い法案の成立を願ってやみません

(せきもと ひではる)

『納税者の権利事件簿』(1)   著著、執筆TOP